« 6月5日 宮沢湖クロカン練習 | トップページ | 6月19日 鳩山合同練習会 »

2011年6月12日 (日)

6月12日 いわて銀河ウルトラマラソン出走記

---- 宇梶 ----
初の100㎞でサブテンを目標としたが、60㎞過ぎで撃沈。
後半はホノルルマラソン方式で走ったり、歩いたりでどうにか11時間台で完走だけは果たし、ウルトラマンの仲間入りをする。記録11時間19分23秒 やはり100㎞は甘くなかった!

てるさんとも前夜祭、出発前に会場で会いましたが結果はどうだったんでしょうか?
てるさんの実力ならば、サブ9は軽く達成でしょうが、てるさんも100㎞は初めてとのこと。成果を知りたいものです。

前夜祭では新設の100㎞駅伝参戦の「吉本ナショナルチーム」のメンバー紹介もあり大盛況(宮川大介監督、大平サブロー、宇野けんたろうなどが走る)

「岩手銀河ウルトラマラソン」は前半57.5㎞までで標高差450mを登り、後半はゴールまで300m下っていく(ゴールはスタートより150m高い)というコース設定。かなりのハードコースで、東北のウルトラランナーの話によると9月の秋田縦貫ウルトラマラソンより難易度は高いそうだ。

序盤小さなアップダウンを繰り返した後、36㎞地点手前から57.5㎞までの約22㎞で400m登る「なめとこ銀河ライン」がポイントだ。特にラスト5㎞で200m以上登るところが厳しい。

序盤30㎞は2時間41分30秒で設定より3分30秒速い。
「なめとこ銀河ライン」入り口もほぼ同じペース設定で通過。体調も良く体全体も楽だが、序盤の下りで少し脚を使ってしまったので予想よりやや足は重め。
ポイントの「なめとこ銀河ライン」も終盤たしかにきつかったが、50㎞通過4時間40分、57.5㎞の最高標高地点もほぼ設定タイム通り。

足はかなりきつくはなってきたが、ここから次のレストステーションまで9㎞先まではほとんど下りなのでここで少し足を休めようと考えていた。
ところが、下り坂に入ってすぐに大腿筋が重くなり全く足が動かなくなってしまった。予想以上に登りで消耗してしまった。
60㎞過ぎまではどうにか、下りペースで走っていったが、60㎞表示を過ぎたところでどうにもならなくなり、撃沈。そこからは超スロージョグとウォーキングのペースになってしまい、65㎞過ぎたところで完全にサブテンは諦める。

その後は、ひたすら完走目標で66.5㎞の一番大きなレストステーションで30分大休憩を取り、ストレッチング、シューズ交換、食糧補給をして回復に努める。

86㎞のエイドまでは3~4㎞スロージョグで1㎞歩くという繰り返し。
最後まで歩いても制限時間(14時間)には間にあうのはわかっていたが、大腿筋を完全に消耗してしまい、気温もどんどん上がっていく中、最後までゴールにたどり着くことも不安を感じる。このへんが一番辛かったが、リタイアは一切考えないよう気持ちが折れないように頑張った。

86㎞手前のレストステーションで一休みした後、どういうわけか体が再び動き始め、そこから96㎞地点まで約10㎞をキロ6分を少し超えるくらいのスピードで
走り続けることができた。残り4㎞でいったんペースを落とし少し歩き、ラスト3㎞を走りきり、笑顔でゴールができた。

初めての経験で反省材料は盛りだくさん(ペース配分、食糧補給等)
35㎞までの序盤下りで少し足を使ってしまいペースが速くなってしまったこと、
「なめとこ銀河ライン」ラスト5㎞で頑張り過ぎたこと、60㎞まで飲み物の他はジェル2種だけの補給だったが足りなかったのかもしれない・・・・等々

でも冷静に考えてみると、例え失敗が全くなかったとしても脚がもったのはせいぜい80㎞くらいまでで、このコースで今の自分ではサブテンは無理だっただろう。
最大の課題は、心肺機能の強さと大腿筋の弱さのアンバランスを克服しなければならないことだろう。

「岩手銀河ウルトラマラソン」は大自然に恵まれ、地元の人たちの暖かい声援をたくさんいただき、自分にとっては過酷でしたが素晴らしい大会でした。
また、再度チャレンジします!
月曜日は休みを取り、半日盛岡観光で宮沢賢治ゆかりの場所などを訪ねました。

---- TERU ----
宇梶さん、いわて銀河お疲れ様でした。

15:00のバスに乗らないと帰りの新幹線に間に合わないので、宇梶さんのゴールを見届けられなかったので結果が気になっておりましたが完走出来て良かったです。
前にも報告があった通り、記録は8時間43分08秒で総合22位でした。初の100km挑戦であわよくば7時間30分台、何とかサブ9、最低でもサブ10の目標としましたが第2目標は達成出来ました。早朝4:00スタートの影響もあったか?20kmでトイレ休憩でロスタイムを取るハプニングがありました。これもウルトラの怖さかな?!

その分の遅れを取り戻そうとやや無理に追い込みをかけたのが後半の厳しい状況の引き金になったかもしれません。55kmから約2km続くトンネルが有りそこで意識が朦朧としてきましたが、折れない心を合言葉に歩かずに完走出来たので良かったです。

長い距離も刈場坂往復を1回しか走っておらずどのようなレース展開でもサブ9がやっとだったと思います。

レースが終わってからは歩くのも激痛で右足首周辺が赤く腫れて、2~3日熱が高い状態が続きました。今までにない相当なダメージを受けました。
鳩山練習会は誠に残念ではございますが回復が芳しくないのでDNSでお願いします(><)

« 6月5日 宮沢湖クロカン練習 | トップページ | 6月19日 鳩山合同練習会 »